TRPG批評は役に立つか


TRPGブログ界隈ではTRPG批評についての議論が活発です(ブレーキをかけながらアクセルを踏み込むさん、うがつものさん)ので、私もその議論に一つ参画してみようと思います。

このきっかけになった最初の問いが「批評は必要なのか?」ということなのですが、この問いの問い方にその後の議論がかなり引きずられている印象です。

最初にこの問題を書かれた方の議論は、批評はいらないという趣旨です。これに同意できずに反論する為には、あたかも「批評は必要だ」と言わなければならないような印象を受けてしまいます。その為、批評が必要だとも言い切れず、でも批評はあっても良い、という考えを議論にされるのに苦労されているような印象を受けます。

「必要でない」ということは、「あるべきではない」という意味ではなく、「あっても良いしなくても良い」ということです。それに対して「必要だ」というのは、「なくてはならない」という意味です。ゲームそのものが必要なものではないので、それに対する批評も必要ではないのは当然です。ただ、「必要がなく」ても、少なくともあることで役に立つといえるか、それとも本当にあるべきではないのか、というのはまた別の次元の議論です。

私はTRPG批評は必要ではありませんが、役には立つと考えます。これからそれについてちょっと議論してみようと思います。その為には、まず批評の定義から始めなければなりません。

大辞泉によると、

批評—-「批評」は良い点も悪い点も同じように指摘し、客観的に論じること。「習作を友人に批評してもらう」「文芸批評」「批評眼」

とありますので、本稿ではこれに基づいて議論します。

情報や商品が個人の評価できる量を超えてくると、それらの中から有用なもの、自分に合うものを探し出す為に、時間をかけられる誰かがその情報や商品の良い点、悪い点をなるべく客観的に評価してくれていれば、それだけ探索の時間を減らしつつ、良いものを選ぶことができます。

この意味で批評は役に立つのですが、ある消費者が自分で情報探索ができればできるほど、他人の批評に頼らずとも良くなりますので、批評に対する需要は下がってきます。逆に知識が無い分野などでは批評に対する需要があがります。このように批評に対する需要や、それが役に立つ割合は個人により相対的ですが、個人差を相殺して考えた場合、情報や商品の量が個人の情報の処理能力を超えるところでは、批評は何らかの役に立つということが一般的に言えると思います。

それが商売として成立するかは、お金を払ってでも批評を知りたい人がどれくらいいるかによります。批評はサービスですから、需要の大きさによってその供給が規定されます。好きでやっている(私のような)人はこのモデルには当てはまらないでしょうが。

これらの観点から、TRPGの批評は必要ではないが、役には立つと考えています。もちろん、他の芸術作品と比べて、参加者によって生成される部分が大きいTRPGでは、批評の対象にできる範囲が少ないという議論には説得力があります。ただ、例えば、ブログを書く為のサービスプロバイダーを批評する(=良い点や悪い点をなるべく客観的に評価する)ことには意義があると思いますし、テキストエディタのようなソフトウェアの批評を参考にする人は多いでしょうし、キッチンで使う鍋の批評ですら、関心がある人にとっては価値のあるものです。これらの道具は、その結果が使う人の使い方に大きく依存していますが、それでも、その使い方を相殺して、道具そのものが提供しうる機能という点で議論をすることに、意義があることはお分かりいただけるかと思います。

TRPGの場合も、そのルールにどのような特色、良い点、悪い点があるか、簡素にまとまったものはぜひ読みたいと個人的には思います。広範な宣伝活動がないTRPGでは、消費者が自分から出向いて行かないと商品の情報はなかなか手に入りませんし、雑誌毎に紹介されるシステムが分かれていたりします。この環境では、元々何らかの理由で興味を持ったもの以外には、なかなか興味を持つことはできません。信頼でき、読み応えのある批評が継続的に行われていれば、それをきっかけに新しい商品に出会えるかもしれません。

(これは感覚的な議論にすぎませんが)今のTRPGの市場規模と消費者の嗜好性の強さ、商品知識の水準、そして供給される商品の数を考えると、商業的に批評が成立するかどうかは微妙ではないかという気がします。ただ、それでも個人ベースで批評を行うことはできますし、批評記事を掲載しているブログやウェブサイトは、個人的には楽しんで読んでいます。

TRPG批評は必要ではありませんが、役に立つものと思います。皆様はどうお感じでしょうか。

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TRPG批評は役に立つか」への3件のフィードバック

  1. こんばんは
    リンク先のものです。
    僕が持って回った言い方をしているところをうまく解きほぐしていただいてありがとうございます。
    ”必要だ”と”役にたつ”の違いですが、言葉の違いと捉えず状況の違いにするとより意味がはっきりするかもしれません。
    必要だと役に立つは言葉として交換可能なこともあると思いますのでこの文脈のみでの話しです。
    ”必要だ”=問題点や不利益がはっきりしている場合に解決策に対して使われる
    ”役に立つ”=問題点ははっきりしてないが、行うことで利益が生れることに対して使われる
    概念的に言うと現状が-10の状況のものを0に戻すための解決策には”必要だ”を使い、現状0なものを+10にするためのものには”役に立つ”を使うということです。
    今回の場合、批評がないことによって明らかに損をしているということが立証しにくい状況なので、役に立つという言い方をしたほうがよさそうですね。
    ある意味自明な補足的な内容をながながと書いてみましたが、今後ともよろしくお願いします。

  2. acceleratorさん、いつもブログを拝見させて頂いています。コメントありがとうございます。
    必要と役に立つの定義についても、現状に対するお考えについても、同感です。
    まさに現状は0で、批評は無くても誰も困らないというのが当初の幻想遊戯さんの問題提起ではないかと思いますが、私もそれには同意です。が、それとはちょっと別の次元の問題として、でもあったらあったで役には立つのではないかな、と思っています。
    今後ともよろしくお願いします。

  3. acceleratorさん、いつもブログを拝見させて頂いています。コメントありがとうございます。
    必要と役に立つの定義についても、現状に対するお考えについても、同感です。
    まさに現状は0で、批評は無くても誰も困らないというのが当初の幻想遊戯さんの問題提起ではないかと思いますが、私もそれには同意です。が、それとはちょっと別の次元の問題として、でもあったらあったで役には立つのではないかな、と思っています。
    今後ともよろしくお願いします。

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